hwb work diary 2008.1
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今日も、夜遅くまで、工房でがんばっている。
みなさんがお店に来た時とはまるで違う時間が流れている。お店は真っ暗で、とても静かである。
これもまた本当の部分である。
静寂の中で見えてくることもある。
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完成したクルミのチェスト。
脚はなく、幅木。
脚はなくとも、台座があるという作り。
家具として、十分な機能を持っている。
まじまじと、眺めてしまう。
家具として、とても奇麗な姿だ。
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ここ数日とてもい寒く、工房では石油ストーブが大活躍である。
大きなAVシェルフ、そして引き続き大きなクローゼット。工房は大きめの家具で、威圧されている。
大きいと感じるサイズとしては、ボリュームが3メーターを超えてくると、「デカッ」と思う。
あくまでも工房空間での話。これを納品し、設置すると「ちょうどいい〜!」となる。
理由は、その部屋に合わせ提案したものだからだ。
おもしろい。大きさの感覚。
大きさを数字で表しても、その大きさは単なるサイズに過ぎない。
空間などと比較された時、はじめて、実際に感じるボリュームというものが大切である。
例えば、それが洞窟だったとして、どれだけの厚みの板がちょうどいいか。想像して頂きたい。
想像した木の厚みが、もしハリボテで作られ、とても中身のない軽いものだったりしたら、負けてしい残念に思うことだろう。
中身のない外身だけのサイズでは、本質を感じない。
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家具と同じく、お皿も機能美を求める。定番に揃えたいものである。
とてもシンプルである。
それ以上でもそれ以下でもない、妥協のない完璧な形でなっている。
もの足りなさもなく、うっとうしさもない。
飽きずに使っている。
形は同じで、色で楽しむ。
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打ち合せが続く。
キッチンの打ち合せが、3件である。
キッチン仕事は大きくて大変であるので、条件がそろわないと引き受けないようにしている。
やる以上満足いくものにしたい。
キッチンもまた、大切な生活の道具である。
僕は、オープンでもクローズでもどちらでもいける。その持ち味さえ活かせれば。
映画「カモメ食堂」のキッチンのような、ラボ的なものはとても好きである。「動」の場と考えている訳だ。食の実験室ではないけど、、、。
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製作中のクローゼットである。僕もそうであるが、家を建てたらクローゼットをこうしたい!と描いている人は多いと思う。
収納って言葉は堅苦しいが、モノによって、印象はまるで違う。
その家具の前に立っている自分を想像し、それを使っている自分も想像する。
お気に入りの服やアクセサリーを、きちんと収納する。
自分でルールを作り、日常を仕立てて行く。
衣のため人のためである。
もっとも、僕は、おしゃれをするのが好きだからね。
2008/1/5
2008年
僕は、「家具というもの」に、15年という時間を注いできた。
これからもその愛情は変わる事なく、「家具というもの」とともに、僕の人生は深まっていくのであろう。
「家具というもの」は、とても奥が深く、これからも大切なテーマである。
生活という大きなくくりの中で、人に近い道具である以上、必要な要素は、形や機能というもの以外に、時間という背景も見え隠れする。
使い込まれた手すりのように、深く時間を感じれるような、、、そんな道具となるように、誠実に向かい合って、自身、作り手もまた熟成されて行くしかないと確信した。
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