hwb work diary 2007.11
11/28
来月は、設計仕事ばかり続くと予測される。
だから、休日は公園などに行き、補うこととなる。
そんな月もある。設計と製作のバランスを大切にしている僕としては、右脳仕事と左脳の仕事のバランスを大切にしているとも言える。衝動的に手足を動かし、無意識的に家具を作っている集中して作る時間は、とても大切なのである。
想像と行動。そのバランスを常に安定しつづけるのは非常に難しいが、くずしたくない。
でも、もうすぐ12月だ。
そうそう、クリスマスツリーを飾った。こういうのも、なんかいい。
11/24
お客さんと話していて、たまに誤解されていることがあると思う時がある。それは、とても艶のある奇麗な家具だというイメージである。確かに出来上がった家具は、奇麗である。奇麗に作っているからである。
だから、間違ってはいないが、その奇麗な家具を作ろうとがんばっている訳ではない。それは、きちんと作るとそうなってしまうだけである。
アンティークの家具の良さを分かる人なら、その本質的な部分を理解して頂けると思う。
きちんと作って、大切に思って頂く事が、モノとしての命のスタートであるからだ。
僕が自宅で使っている家具は、時間の経過とともに、なんとも言えない木の表情が増している。汚れや傷などを全て抱え込み、僕らとともに過ごしてきた時間分の表情をしている。それが良い。
生命の誕生。
生まれたての赤ん坊の奇麗な瞳や、やわらかな肌のように、それはとても無垢で透明感がある。それは艶とも言えるかもしれない。そして、成長とともに、その子らしく変化していく。とても現実的に、リアルにだ。それが生きているという証で、生活という日常が今迄あったという事である。
木は木のように、革は革のように、人は人らしく。
家具も、家も、僕ら人とそんなに変わらないと思えば、もっと身近にそして尊く思えるのでは?と思えてならない。
もし、生まれたての赤ん坊には、無垢な透明感はあれど、味わい深い風格はない。
僕はスタイルを作っているのではなく、家具とのこれから始まる時間を含め、家具という木の道具を作っているだけである。
そして、異素材との共鳴や、また空間、建築、ランドスケープとの共鳴、そして人とかかわり合いの中で、美しさを放し、役割を果たす道具でありたいと思っている。
だから、僕は、出来上がったばかり美しい状態なんて、さほど重要に思っていない訳である。ただ、職人が楽しく仕事をするとと、美しく出来上がってしまうだけの事で、、、。
11/23
03チェアを14脚。
先日は、01チェアを13脚。数をまとめて製作する事で、価格を安定させているという努力!
かといって、50脚も同時に作ることはできない。無垢材を吟味し対話しながら作らないと、とんでもなく色気の無いものになる。
平日の、予約打ち合せが3組あった。「家具の予約が8月頃までいっぱいなんです」と話しながら、迷惑かけないために、知ってる家具屋さんを紹介しようかと思うが、それはたいへん失礼である事だと瞬間に気が付き、「待って頂けますか」と言葉を変えた。
なぜに、僕にお願いをしてくれるのかという「一番大切な部分」を忘れない様にしたい。
11/20
TV台。
HDレコーダーなどテレビ周辺家電は、常に新製品が登場しつづけている。
ブルーレイレコーダーなども、増々鮮明に記録できりるようになり次世代メディアとして、既に無視できないだろう。
常に新しくなる家電。
映画好きな人が、ホームシアターを構築していくと、とんでもなく家電だらけになってしまう。その部屋は、テレビの部屋とかする。
家電製品は、新しさをアピールするためかシンプルさにかけてしまい、チラチラとうるさく感じてしまう。
だから、テレビ台の中に上手に家電を収納したくなる。隠すという事である。
イタヤカエデのTVシェルフ。
「家電を隠したい」という要望は多い。ジャーとか電子レンジなどのキッチン家電も、「隠したい」と要望が多い。
うちは、ジャー(炊飯器)は使っていないんだけど、解凍するためにも電子レンジは必要だなあ、、。
11/17
キッチンを取り付けに、宇野さん設計の新築現場に行く。
キッチン、洗面台、収納トビラなど、もろもろチェリー材で製作した。
今日、搬入できなかった下駄箱やチェストを含め、全て製作するのに2ヶ月以上かかっている。今回のキッチンは途中変更があり、今迄以上に複雑な部分もあったが、出来上がってしまえば、いつものように家具らしい存在となった。
朝7時出発してハリキッタが、結局、3人がかりで洗面台とキッチンを取り付けが終ったのは夜だった。
11/15
一日中、設計をする。
パソコンの前で1日を過ごす。これはこれで、集中力が勝負である。大まかなイメージは打ち合せの時につかんでいるので、図面で構造的に無理がないかを確認しながら、実際に作る事ができる辻褄のあった製作図にしていく訳だ。
とても大切な仕事である。もちろん、僕自身は、職人であるからして、図面なしでも製作する事はできる。
経験や感を頼っての物作りをする部分と、正確にそれらを具体的な数値に表し、確認しながら進めて行く部分と、両面でのせめぎ合いが大切である。
今後の家具作りに自信を持てるのは、そういった地道な経験の積み重ねと、そして何より「美への追求心」である。
ハッキリと想うのは、大切な事は、「用と美のバランス」である。
11/12
ほぼ、完成したイタヤのTV台を眺めながら、やはり「家具屋で良かったなあ」と思う。
大きなくくりでは、家具屋。
素材好きで、作るのが好きで、想像好きで、人とのかけひき嫌いで、、、、とにかく家具を作る毎日に不安がない。
もちろん、楽ではない。命を削りながら物を作っているような、そんなハードさがあり、だからこそではないけど、出来上がった家具を大切に想って頂ければ報われる。
おそらく、僕が65歳になるのに、そんなに長い長い日々が先にある訳ではないと思う。どうも、日常こそがリアリティーのある人生のようだ。今、やっている事に精一杯向かい合い、一生懸命自分ならではの時間を過ごせるならば、生きていると実感できる訳で、そんな日々だけで良い。それ以上何を求めるのかもわからないし。
モノものと言うが、何も実態のある事だけを重要にしている訳ではなく、むしろ心の事である。
何かと共鳴し合い、魂に刻んで行くことで、心が潤っていくという実感の話である。
11/8
夕方の時間。色数が少なくなり、闇になる前の時間。
今日に感謝し、明日に希望を抱くことができる。
おおげさでなく、普通なこと。
人間に与えられた、プレゼントだと思っている。
黄昏である。
11/7
ベンチ。板に丸い脚。
脚は、2枚ほぞで接合されている。気殺ししてたたき入れても、ツキが悪い時は、0.2ミリ程度よりきらん。
無垢の仕事は、クランピイングは大切である。どうやって圧着させるか知恵くらべである。
原始的な想像力を試される時である。
11/6
イタヤカエデのTVシェルフ。
以前に低く長い本棚を作らせて頂いたお客さんから、今度はTV台の依頼である。
ロウテーブルも、前に作らせて頂いているので、僕のなかでお客さんの部屋のイメージが明確になってきている。
安心して任せて頂けるような、、。
しかしイタヤは奇麗だ。削りも独特である。堅いくせに、しなやかである。
とてもシルキーである。
11/4
チェリー材のチェスト。
納品はまだ先である。出来上がってから、ずいぶん色が濃くなり、チェリーらしくなってきた。
チェリー材は、削りたてはうすいピンクである。
これが一週間くらいでも差がわかるくらいに、色が変化する。
ある程度まで濃くなれば、落ち着くけどね。
11/3
チェストの納品。
収納サイズの間違いが発覚し、手直しをさせて頂くことに。
楽しみにして頂いていたのに、本当に申し訳ない事をしてしまった。きちんとして、しっかり届けたいと思う。
11/1
義姉さんの家で使われている家具。アメリカ、ウエストバージニア州で4年間ともに過ごし、今年、帰国した。
無垢のホワイトアッシュにブラウンの自然な塗装がしてあり、使い込まれた独特の質感になっている。引き出しの面材は、飾り面があり、なかなかいい感じである。
脚の長さも良い。
8年くらい前に、僕が作ったチェストである。
なにが良いってね、それは年季が入ってきているということ。
それが良い表情になるかは、素材とそれと使い手の価値観もある程度あると思う。
いくら本革が良いといっても、ビニールレザーというものも選択できる世の中である訳だから、価値を見いだせるかどうかである。
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